リヒター展@豊田市美術館
ナチス下、大戦、東西分裂から資本主義の台頭を目の当たりにしたからこその写真と絵画の拮抗であったり、「みる」という行為の再定義を突きつけてくる。灰色の奥に何を生み出し得るか? スキージ(へらによるスクラッチ)により内包されたものとは? 鏡は純粋なイメージを映し出すとする一方、ガラスは対象を湾曲してみせる。観る側の思考はフル稼働です。
ケルン大聖堂ステンドガラスをモザイクにしてしまったのはある意味シニカルですが、これを受け入れた教会側も素晴らしい。
ホロコーストを題材にしたビルケナウを集大成とした2017年一旦引退したそうですが、近年のドローイング作品展示も。御年90、重労働スキージは卒業するも、手先の痕跡に穏やかで恣意的な曲線もありつつ、力強い直線も混在。観る側への思考の提供はまだまだ現役です。
日本では東京国立近代美と豊田市美のみの巡回。昨年のボイス展からの系譜が豊田開催に至ったとすればそれは学芸員の功績。来年1/29迄、ギャラリーツアー参加がお勧めです!